帝国戦争博物館(IWM)ダックスフォードには4発のエンジンが全てリア配置の一風変わった旅客機を展示している。その名はヴィッカースVC10。英国の名門ヴィッカース社が手掛けた大型ジェット旅客機だ。今回はその歴史を紹介する。
設計案
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ヴィッカース ヴァリアント爆撃機 |
時は1950年代に遡る。ヴィッカース社は英国王立空軍(RAF)向けにV1000と呼ばれる輸送機を開発していた。 これは先行していたヴァリアント爆撃機のデザインを踏襲し機体長を44.5m(146ft)に拡大した物だった。また、旅客機タイプのVC-7計画もあった。
しかし、これらの計画は強大なライバルの出現により立ち消えてしまう。ボーイング707旅客機(B707)とKC-135輸送機だ。 これらアメリカ勢の台頭によりRAFは仮発注をしていた6機のV1000をキャンセルしてしまい、V1000は計画中止となった。 また、VC-7に関しても英国海外航空(BOAC)はボーイング社が提案したB707にロールス・ロイス製コンウェイエンジンを搭載しする案を採用した為、中止となる。
しかし、BOACは707では乗り入れる際に制約がある高高度且つ短い滑走路の空港に就航できる大型機を欲していた。これに答えるべくハイドレページ社はHP-97、ヴィッカース社はVC10を提案した(因みにヴィッカース社は公式には政府の資金援助無しに計画した事になっているが、政府からの資金援助があったのではないかと噂されている) 。結果、BOACはVC10案を採用し、1958に35機の契約が結ばれる。 また、RAFにも空軍輸送機として採用された。
設計
エンジンはロールスロイス社製コンウェイエンジンを4基搭載している(通常型はタイプ42、RAF及び後述のスーパーVC10はタイプ43)。高揚力が得られる様にエンジンは主翼からの吊り下げ式では無く、特徴的な4発リア配置となった。その為、主翼下部は非常にスッキリとしたデザインとなり、全幅に渡り高揚力装置が設置されている。
また、空力性能に関して王立航空協会(RAE)ファーンボロからの後押しもあり、尾翼はT字翼を採用している。 T字尾翼とする事で水平尾翼がエンジンの後流の影響を受けないのが狙いだ。
補助動力装置(APU)は Bristol Artouste 526を1基テイルコーンに搭載している。
そして1962年6月29日、VC10初号機(G-ARTA)がヴィッカース社のブルックランド飛行場(ウェーブリッジ)で初飛行した。また時を前後して、胴体長を約4m(13ft)伸ばし座席数を130席→169席に増やし、フロンガスの冷房ユニットを強化したスーパーVC10が計画された。因みに1961年4月、BOACは発注機数を通常型×35機から通常型×15機+スーパーVC10×30機に変更している。
機内紹介
コックピットレイアウト
旅客機タイプは機長、副操縦士、航空機関士の3名体勢、RAFタイプはこれに航法士が加わる。旅客機タイプの通常型では自動着陸装置が搭載されていたが、スーパーVC10では撤去されている。これは装置が高価な上に着陸時にしか使用できず、搭載しているのも本機のみだった為である。また、RAFタイプでは軍用無線に対応する為、UHF通信操作盤がオーバーヘッドパネルに追加されている。
コックピットの窓には電気式ヒーターが有り、脱出用の窓が機長と副操縦士側にそれぞれ配置してある。
キャビンレイアウト
ギャレー
旅客機:前方に2箇所、後方に2箇所
RAF:先頭ドア付近中央に1箇所
乗務員用トイレ
コックピットの後方に1箇所。省スペース化の為、洗面台は壁面に収納できる様になっている。
トイレ
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キャビン前方、ファーストクラス用トイレ |
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キャビン後方、エコノミークラス用トイレ |
旅客機:前方に2箇所、後方に3箇所
RAF:機体後方ドア付近の両側に2箇所
ファーストクラス
座席配列は2-2。背ずりは簡易リクライニング機構付き。テーブルは前席の背面に収納されている。前席が無い場合は壁面に設けられたテーブルを使用する。
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最前列のファーストクラスシート |
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背面テーブル展開時 |
エコノミークラス
座席配列は3-3。簡易リクライニング機構及び背面テーブルあり。
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背面テーブルはファーストクラスと同じく二つ折にして収納 |
荷物棚
DH.106コメットや初期のB707では鉄道車両の様な開放式の荷物棚を採用していたが、乱気流を飛行する際に手荷物が落ちて来る危険性がある為、現在の飛行機では一般的な完全収納式の荷物棚になっている。
売上不振
1960年、BritishUnitedAirways(BUA)は南アメリカ路線向けにVC10 通常型 Type 1103を2機発注した。しかし、BUAはスコットランドのカレドニアン航空と合併する事になり、同社の主要機材はB707に統一される事となった。1機(G-ASIW)はマラウィ航空、もう1機(G-ASIX)はオマーン王室に売却された。
その後の販売も上手くいかず、1961年ガーナ航空が3機発注(後に2機に変更)するが、輸送量が過剰の為、早々にレバノンのミドル・イースト航空(MEA)に売却している。因みにMEAに売却した機体の内、1機は1968年にベイルート空港でイスラエル軍による攻撃で破壊されている。
最終的にVC10は全ての派生型を含めても僅か64機しか製造されなかった。ライバル機であるB707が1010機、DC-8が556機と製造数に大差を付けられてしまった事から本機は営業的に失敗したと言われている。
原因
・登場が遅すぎた(B707の初飛行は1954年、DC-8は1958年)
・エンジンがリア配置の為、低騒音で燃費の良い高バイパスエンジンを搭載できなかった
・滑走路の拡張工事が進み、短距離離陸性能が求められなくなった
幻の超大型VC10
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大量輸送時代を築いたボーイング747 |
1970年代にヴィッカース社はVC10の生産ラインを維持するべく、拡大版であるスーパー200とスーパー265を計画した。2つのデッキに265名の乗客を収容し、エンジンはロールスロイス 社製RB178-14ターボファンエンジンを4基搭載する予定だった。しかし、あらゆる面に於いてボーイング747に劣っていた為、計画は中止を余儀無くされた。
VC10給油機
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旅客機からの派生例:DH.106 コメットの派生機ニムロッド対潜哨戒機 |
1960年、RAFは旅客機タイプのVC10を改造し空中給油機にする計画を採用した。これは主翼の下にエンジンが無い本機は給油ポッドを主翼下に懸架しても給油機がエンジンの排気にかぶる事がない為、給油機として理想的だったのである。
通常型VC10
VC10 K Mk2 (ex V1101→V1112)
スーパーVC10
VC10 K Mk3 (ex V1154→V1164)
改造工事はフィルトンにあるBritish Aerospace社で行われた。
この際ノーマルタイプのVC10(V1112)はエンジンをコンウェイ43に換装した。
また両方ともラムエアタービンを胴体下に格納出来るものに変更した。
引退
低バイパスエンジンに起因する燃費の悪さと騒音問題により本機は1980年代に入ると早々に旅客運用から引退してしまった。しかし、空中給油機に改造されたVC10は後継機のA330に置き換えられる2013年9月25日までイギリスの空を飛んでいた。
共産主義者の従兄弟
本機はエンジンを4機リア配置と言う特徴的な外観だが、世界にはもう1機種瓜二つの外観を持つ飛行機が存在する。それは当時のソ連イリューシン設計局が開発したIL-62である。これは、ソ連のスパイがVC10の設計図を秘密裏に入手していた事が冷戦後明らかになる。西側ではVC10が1980年代には旅客輸送を引退しているが、Il-62は1993年まで製造が続けられた上、現在でも政府要人機として数機が現役である事が確認されている。総生産機数はVC10よりも多い285機と言うのは何とも皮肉である。これは後継機の開発が遅れた事及び広い国土故に未整備の空港が多い事、社会統制が行われていたソ連において騒音は問題と成らなかった為と思われる。
あとがき
旅客機の市場は古今東西、競争の激しい市場である。世界で初めて商用ジェット旅客機を世に出したイギリスであっても旅客機の自主開発は遂に終焉を迎えてしまった。因みに商業的には失敗した本機は意外にもBOAC、RAF双方のパイロットから好評だった様である。如何に先進的な技術を盛り込んでいても売れるとは限らない。市場のニーズや経済性、将来的な拡張性などの様々な要因が折り重なって初めてビジネスとして成り立つ。旅客機の新規開発は極めて険しい道のりなのである。
参考文献
「MODERN CIVIL AIRCRAFT:1 Vickers VC10」
著:Martin Hedley, 出版社:IAN ALLAN, ISBN: 0 7110 1214 8