2020年11月6日金曜日

世界最大級の鉄道博物館 | ヨーク鉄道博物館(National Railway Museum) 後編


先週に引き続きイギリス中部の都市ヨークにある世界最大級の鉄道博物館「National Railway Museum (NRM)」を紹介します。前回は博物館の南側エリアにある「ステーション・ホール」と「サウス・ヤード」を紹介した。今回は前回紹介できなかった「グレート・ホール」、「ノース・シェード」等の北側エリアを紹介する。



※この記事は前編・後編に分かれた記事の後編です。前編をまだ閲覧していないという方は下記のバナーから前編記事を閲覧することが出来ます。



・食堂車で頂く本格アフタヌーンティー「Countess of York」



エントランスから地下道を通って北側エリアに向かうと右手にGWRカラーを身にまとった食堂車が1両展示されている。「ヨーク伯爵(Countess of York)」の名前が付けられたこの車両は現在カフェとして営業しており、中では本格的な英国式アフタヌーンティーを堪能できる。


メニュー(2019年12月)
アフタヌーンティー:£25.50
ワイン:£4.55
シャンパン アフタヌーンティー:£35.50

グレート・ホール


NRMの展示の中で最も広い面積を誇る「グレート・ホール」は、大小様々な種類の鉄道車両が展示されている。その中には2000年にJR西日本から寄贈された0系新幹線の姿も。因みにこの車両(22-141)が現役時代に編成を組んでいた反対側の先頭車(21-141)は愛媛県にある四国鉄道文化館に展示されている。

展示車両の一部をご紹介


1. 世界最速の蒸気機関車「LNER A4 Class "Mallard"」 



鉄道会社:LNER
設計:Nigel Gresley
製造:Doncaster
製造年:1938年
車番:4468
愛称: Mallard (マガモ)
軸配置:4-6-2
総生産数:35台

LNERの技術者ナイジェル・グレズリーは自身が設計をしたClass A1形・A3形を凌駕する高速機関車としてこのClass A4を設計した。登場当初はシルバーを基調としたカラーリングだったが、1937年に執り行われた国王ジョージ6世の戴冠式に合わせて、現在のガーター・ブルー(Garter Blue)に塗装を変更した。

1938年、4468号機「マラード号」は東海岸本線で行われていたブレーキテストに乗じて最高速度試験を行ったところ。グラハム-ピーターバラ間の緩い下り坂を6両の専用客車と測定車をけん引して走行中、蒸気機関車では世界最速の201.1km/hを記録した。


写真提供:National Railway Museum

しかし、翌年に第二次世界大戦が勃発した為、当時はあまり大きな話題にならず、設計者のグレズリーも1941年に64歳でその生涯に幕を閉じた。現在、英国にはマラード号を含め6両のA4形が保存されている。


NER 速度測定車 No.902502


2. A4形のライバル「LMS Coronation Class "Duchess of Hamilton"」



鉄道会社:LMS
設計:William Stanier
製造:Crewe
製造年:1938年
車番:46229
愛称:Duchess of Hamilton 
軸配置:4-6-2
総生産数:38台

LMSはLNERと同様にロンドンとスコットランドを結ぶ特急列車を西海岸本線で運行していた。その為、この2社は互いに豪華さや速度で競い合ってきた。しかし、路線が殆ど直線の東海岸本線に比べ西海岸本線はカーブが連続する為、高速を出すのに不向きな路線だ。

そこで、短い直線区間でも速度を上げる様に加速力を重視して設計されたのがこの機関車だ。登場当初は先述の戴冠式に合わせてコロネーション・ブルー(Coronation Blue)と呼ばれる青色に塗装されていた。そして同じく青色に塗装された豪華な専用客車を用いてロンドン~グラスゴー間を6時間30分で結ぶ特急「コロネーション・スコット(Coronation Scot)」の牽引機として活躍した。


塗装色は後にLMSの本線用急客機色であるクリムゾンレッドに変更された。因みにクリムゾンレッドはLMSの前身であるミッドランド鉄道(MR)のコーポレートカラーだった。当時流行した流線型のカバーは戦争の影響で6245機から装備せず、代わりにデフレクターを装備している。戦後になると全車から流線型のカバーが外され、6245機以降と同様の姿になった。

6229号機「Duchess of Hamilton」は1939年に英国の技術を宣伝する為、アメリカを訪れたことがある。その後、1942年に流線型カバーが外され、1947年に引退した。引退後は個人が子供の遊び場として保有していたが、1976年にNRMの職員が所有者と交渉し、1987年博物館にやって来た。

写真提供:National Railway Museum

1996年まで本線上でイベント列車の牽引を行っていたが、ボイラーの免許が切れた為、現在は静態保存となっている。今日、私達が見ることが出来る流線型のカバーは2009年にバーミンガムでレストアを行った際に取付けられた。

因みに6233号機「Duchess of Sutherland」が現在でも動態保存されており、イベント列車の牽引で活躍している。



機関室


3. 中国から里帰り「中國鐡道 KF Class "KF7"」 



鉄道会社:中國鐡道
設計:Colonel Kenneth Cantlie
製造:Vulcan Foundry
製造年:1935年
車番:KE7
軸配置:4-8-4
総生産数:24台

KF型は中国の武漢と広州を結ぶ「粤漢鉄道」によって1935年にイギリスから輸入された。登場当初は広州から韶関市へと続く路線で用いられたが、日中戦争の勃発により日本軍の非占領地域へ疎開された。全車両が大戦を生き抜き、戦後は中国国鉄によって使用された。

そして、1979年になって7号機がNRM寄贈されることが決まり、1981年になって46年ぶりに祖国の大地を踏んだ。しかし、英国と同じ標準軌の車両だが、車体の幅と高さが英国の蒸気機関車より大きい為、本線での走行は出来ない。





4. レールカーの先祖「GWR レールカー "No 4"」



鉄道会社:GWR
製造年:1934年
車番:4

この様なレールカーは1930年代からGWRで製造されていた。
当時としては一般的なレールカーで、その外観的特徴から「空飛ぶバナナ(Flying Bananas)」と呼ばれ、1960年代になってDMUにとって代わるまでローカル線で活躍した。


5. 狭軌鉄道の貴賓車「Lynton & Barnstaple Railway 」



鉄道会社:Lynton & Barnstaple Railway
製造年:1897年
車番:6992
軌間:ナローゲージ

この客車はかつてイングランド南西部ノースデボンに存在したリントン&バーンステイプル鉄道で使用されていた。この鉄道はエクスムーア国立公園の険しい地形に敷設された軌間が597mmの狭軌鉄道だったが、1935年に廃線となった。現在は一部区間が保存鉄道として残っている。

この客車はブレーキバンと貴賓車の役割を併せ持った合造車だったが、廃線に伴い他の客車と同様に転売された。これらの車両は個人宅の納屋やサマーハウスとして余生を送った。

ドアに設けられた鋲仕上げをしたクッション材やカーテンが
かつて貴賓車だったことを物語る


6. 英国版オリエント急行「SECR プルマンカー "59 Topaz"」



鉄道会社:South Eastern & Chatham Railway
製造:Birmingham Railway Carriage
改造: Pullman Car Company 
製造年:1913年
車種:パーラー 
愛称:Topaz
車番:59 

宝石の名前を冠する客車トパーズは1960年までドーバー海峡に面する南海岸からロンドンに移動する一等客向けのパーラー車運用された。

その後、オリエント急行向け車両も手掛けているアメリカのプルマン社によってレストアされた。1961年にロンドン南部クラハムにある博物館が所有しイベント列車に利用された。

プルマン社の車両は多くの木材を利用した重厚なデザインが特徴的で最低でも6種類の木材を使い分けて車体を造っている。鉄道を単なる移動手段から、クルーズ船の様に楽しむことが出来るクルーズ列車を世に出した草分け的会社だ。


7. ネイピア社製変態エンジン装備「BR Class 55 Deltic "55002"」


(右から2台目)

鉄道会社:BR(英国国鉄)
製造:The Vulcan Foundry
製造年:1961年
車番:55002
愛称:Kings Own Yorkshire Light Infantry
機関:ネイピア社 デルティック D18-25 ×2基 
軸配置:Co-Co
総生産数:22台

ネイピア社製デルティックエンジンを積んでいたことから「デルティック」の名前で呼ばれるClass 55ディーゼル機関車は幹線の急行用機関車として設計された。しかし、先述のA4形蒸気機関車を置き換えられる様な高速を発揮するものの、搭載された個性的なエンジンのおかげで多難を経験した機関車でもある。

ネイピア社と聞いてピンと来た方は恐らく英国の戦闘機にもお詳しい方でしょう。この会社が製造するエンジンはロールスロイス社やブリストル社と言った名門とは一味異なったエンジンを製造する会社だ。水平対向エンジンを2基並べたH型24気筒エンジン「セイバー」等はその最たる例だろう。

H型エンジン構造図
画像出展:Wikipedia

そんなネイピア社が海軍の哨戒艇に搭載する為に製造したのが今回の主役「デルティックエンジン」だ。このエンジンは航空機やスポーツカーに用いられる水平対向エンジンを三角形に並べ、クランクシャフトをそれぞれ共有する事で軽量化したエンジンだ。

軽量で高出力のエンジンを探していたイギリス国鉄の技術者はこのエンジンに飛びついた。奇しくもディーゼル機関車を製造しているヴァルカン・ファウンドリーはネイピア社と同じくイングリッシュ・エレクトリックの傘下であった。


デルティックエンジン構造図
画像出展:Wikipedia

デルティックエンジン2基から供給される1650馬力の出力により最高速度161km/hが発揮可能な本形式は東海岸本線の蒸気機関車を置き換え、看板特急である「フライング・スコッツマン」の牽引機も担当した。

しかし、特殊な構造のエンジンと機関車と言う限られたスペースの中に冷却機構等を納める必要があった為、登場当初は常に故障との闘いであった。しかも、エンジンの構造が複雑な為、国鉄の技術者では手に負えずメーカーでエンジンのメンテナンスをする必要があった。

インターシティー125 "HST"

時は流れ1970年代になると小型で高出力なディーゼルエンジンが実用化されるようになる。その様な経緯から誕生したのがインターシティー125 "HST"だ。HSTは整備が簡単な上に営業最高速度201km/h (125mph)が発揮可能な傑作機となった。そしてHSTはそれまでClass 55で運行していた列車を置き換えた。

因みにHSTは1973年6月12日に時速230.5km/h(143.2mph)を記録し、最速のディーゼル牽引機としてギネス記録となった。

写真提供:National Railway Museum

因みに展示機の愛称である「キングズ・オウン・ヨークシャー軽歩兵連隊 (以下KOYLI)」は1881年から1968年まで存在した英陸軍の部隊名。第二次世界大戦では第1大隊がフランス戦線、中東戦線、北アフリカ戦線、イタリア上陸作戦などに参加した。第2大隊は1941年~42年までビルマ戦線、その後はインドに駐留中に終戦を迎えた。

55002号機KOYLIは1963年にヨーク駅で行われたセレモニーで命名されニューカッスルの南に位置するゲーツヘッド機関区(Gateshead Depot)に配属された。


ジオラマ



イギリスで一般的なOOゲージの鉄道模型が展示されている。日本で一般的に知られているHOゲージと同じレール幅(16.5mm)を使用するが、HOゲージの縮尺が1/87に対してOOゲージは1/76.2となっている。


カフェ



「グレート・ホール」の入口には後述のミュージアムショップと軽食やドリンクが飲めるカフェが営業している。一部のカウンター席にはコンセントを備えている為、携帯電話の充電をしている最中に紅茶を飲みながら展示車両を眺めて過ごすこともできる。


ミュージアムショップ



「グレート・ホール」のミュージアムショップはエントランスにあるショップと同様に博物館オリジナル商品を扱ってる他、OOゲージの鉄道模型や鉄道に関する書籍も取り扱っている。英国で購入した鉄道模型は日本のHOゲージの線路で走らせることが出来る為、これを機にOOゲージデビューをしてみては如何だろうか。


NRMオリジナルグッズ

NRMオリジナル鉄道模型の販売もある


ノース・シェード



「グレート・ホール」に隣接する「ノース・シェード」では整備中の車両を上から見学することが出来る。また、見学コースの先にあるテラスではヨーク駅を出発する列車を見学できる。

筆者が訪れた時期はA4 Class 60007 "Sir Nigel Gresley"の改修作業中だった

作業場には旋盤やフライス盤等が並ぶ

テラスからヨーク駅を望む



さらに、ここは鉄道資料の保管庫としての役割もあり、車両は勿論、信号機、駅の待合席や床のタイル、食堂車で使用していた食器や椅子から鉄道模型までありとあらゆる鉄道資料が保存されている。


ECJS 二重屋根、通路付三等客車 (1898)

各種鉄道模型


・給炭作業を間近で見れる! | 駐車場



一旦、博物館から外に出て「グレート・ホール」の裏手にある駐車場に行くと本線に繋がった引き込み線が中を通っている。英国では毎年、夏休みとクリスマスシーズンに蒸気機関車がけん引するイベント列車が運行される。往年の機関車が現役時代を彷彿とさせる力強い走りを見せてくれる為、非常に人気が高い。

イベント列車がヨークにやって来た際、機関車への石炭と水の補給が博物館の駐車場で行われる。動いている機関車を間近で見ることが出来るので、イベント列車が運行される日には是非訪れたい場所だ。




あとがき



2回に渡ってご紹介したNRM特集は如何だっただろうか。全ての展示車両を紹介することはできなかったが、少しでもNRMの魅力が伝わっていれば幸いだ。もし、興味を抱いてくれたのなら、事態が落ち着いたら同地を訪れてみては如何だろうか。
因みに、展示車両は頻繁に移動しているので別のエリアやダラムにあるシルドン機関車博物館(National Railway Museum Shildon)に移動してる可能性がある事を付け加えておく。


次回投稿予定日


2020年11月13日(金)


参考文献・サイト 


  • 「鉄道マニアのためのヨーロッパ鉄道旅行」イカロス出版 ISBN978-4-86320-755-4
  • 「LMSの急客機」著:Double Arrow 制作:英国鉄道研究会
  •  「Black Fiveの栄光」著:Double Arrow 制作:英国鉄道研究会 

 

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