2020年4月24日金曜日

世界旅紀行 イタリア Firenze フィレンツェ


イタリアの旅行先としてローマ、ヴェネツィアに次いで人気のフィレンツェはルネッサンス文化が華開いた芸術の街として知られている。街を歩くと、中世の風情が色濃く残る美しい街並みと名画を収蔵した美術館を堪能する事ができる。

イタリア編 第1回 シエナ はコチラをクリック


また、この街があるトスカーナ州はワインの産地として有名だ。国際的観光地なだけありレストランの質と雰囲気共にレベルが高く英語が使えるレストランも多い。フィレンツェにお越しの際は是非とも食事を堪能して欲しい。


アクセス



フィレンツェはミラノ 、ボローニャ、ヴェネツィアといった北部の都市とローマやナポリといった南部の都市の中間に位置する為、古代から続く交通の要所だ。主要駅はフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ(SMN)駅。旧市街から近く主要な観光地まで歩いて行ける立地の良さが売りだ。


現在の駅舎は1934年に完成した。デザインは時の首相であるムッ○リーニの影響を受けている。同時期に建設されたミラノ中央駅とは異なり、モダンなデザインとなっている。因みに、現在SMN駅の北方1km先にフィレンツェ・ベルフィオーレ駅が建設中であり、将来的には高速列車の発着駅が新駅に変更となる予定だ。



フィレンツェの歩き方



フィレンツェSMN駅は旧市街の北側に位置し、市街地を南北に隔てるようにアルノ川が流れる。この川には中世の趣が残るヴェッキオ橋が掛かっている。橋を渡り切った町の南側は高台となっており、ミケランジェロ広場からは街を見下ろす事ができる。

フィレンツェの見どころ


1. サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 ドゥオーモ/カサドラーレ



三色(白、緑、ピンク)の大理石で覆われた荘厳で一際豪華なサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は1296年から172年の歳月をかけて造られた。東欧等で見られるドーム(大クーポラ)の内側には世界最大のフレスコ画である「最後の審判」が描れている。
※クーポラの中に入るには事前の予約が必要。


大クーポラ


2. レップリカ(共和国)広場



ドゥオーモの南に位置するレップリカ広場は小さなメリーゴーランドやカフェがあり、天気が良いとストリートミュージシャンが音楽を奏でている。歩き疲れた脚を休めるのにちょうど良い場所だ。


3. ヴェッキオ宮殿とシニョリーア広場



都市国家として栄華を極めたフィレンツェ共和国の中心であるこの場所には前回ご紹介したシエナのプッブリコ宮と並ぶ優美なゴシック建築のヴェッキオ宮がある。中央に聳え立つ塔の高さは94mと前回紹介したマンジャの塔より僅かに低いが、夕暮れ時に頂上から見る景色は絶景として名高い。



3. ヴェッキオ橋



アルノ川に架かるヴェッキオ橋は橋の上にはジュエリーショップが立ち並んでいる。この橋は第二次世界大戦中にフィレンツェの橋で唯一破壊を免れた橋である。大戦中はヒトラーも敵対するパルチザンもこの橋を渡った事があると言う。東京ディ○ニーシーにはこの橋をモデルにした「ポンテ・ヴェッキオ」と言う橋がある。関東圏に住んでいる人は一度は見た事がある人が多いのではないだろうか。


橋の上には芸術家ヴァザーリが手掛けたウッフィツィ宮(現在は美術館)とピッティ宮を結ぶ空中回廊がある。このヴァザーリ回廊は期間限定で公開される事がある。因みにこの場所はトム・ハンクス主演の映画「インフェルノ」の舞台にもなった。




4. ミケランジェロ広場



フィレンツェ市街地を見下ろす事ができるミケランジェロ広場は町の南東に位置している。ここからは今まで歩いてきたドゥオーモやヴェッキオ橋などを一望する事ができる。今回の記事のトップページもここから撮影している。非常に高低差がある為、歩いて行く際は動き易い服装と靴を履いてくる事をオススメする。


余談だが、Amazonプライムビデオで配信している自動車番組「Grand Tour(シーズン1EP3)」においてハモンドがダッジ チャレンジャーに乗ってドーナツターンをしていたのはこの広場だ。興味がある人は是非チェックして欲しい。




番外編 ウッフィツィ美術館



かつてウッフィツィ宮と呼ばれたフィレンツェ公国の行政局があった場所は現在、美術館となっている。当時、地政に強い影響力を持っていたメディチ家のコレクションが収められている。ルネッサンス文化の中心といっても差し支えないこの地にはレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエッロといった巨匠の名画を収めている。入館するのに連日長蛇の列ができる当館だが、閉館前は比較的空いているので予約無しでもすんなり入る事ができる。だが、繁忙期は予約をしていた方が時間のロスを減らせるだろう。

ガイウス・ユリウス・カエサル像
ウルビーノ公夫妻の肖像


あとがき



如何だったでしょうか。前回(シエナ)から間が開いてしまいましたが、イタリア編第2回をお送りいたしました。個人的にはヴェネチアよりもフィレンツェ押しの筆者でございますが、カラフルな建物と高低差のある地形はどこを撮っても絵になる素敵な街です。皆様も一度は訪れてみては如何だろうか。
次回は更に北に進路をとり、ロミオとジュリエットで有名なあの街を紹介する予定です。乞うご期待。


2020年4月10日金曜日

London Night tour - ロンドン ナイトツアー


日本よりも高い緯度に位置する英本土(グレートブリテン島)は季節によって昼と夜の時間差が大きい。夏場は夜の9:00 PMまで日が差しているのに対し、冬場は夕方の4:00 PMには日が沈んでしまう。冬場は天候も不安定な為、観光や写真撮影には向いていない。しかし、夜が長いという事は夜景撮影にはベストな環境だ。

夜のロンドンは昼間とはまた違った魅力がある。石造りの古い建物が立ち並ぶ傍ら、ザ・シャードやロンドン・アイと言ったモダン建築が聳え立つ光景はこの街を象徴する景色だ。それらは夜が訪れると美しくライトアップされ我々の眼を楽しませてくれる。今回紹介するのはその中の一部である。

1. The National Gallery & Trafalgar Square



昼間は観光客と鳩で溢れているトラファルガー広場も夜になると落ち着いた雰囲気となる。クリスマスの時期になるとナショナルギャラリー前でクリスマスマーケットが開かれる。



この広場はその名の通り1805年に英国とフランス・スペイン連合艦隊との間で起こった海戦の勝利を記念して造られたものだ。現在の形になったのは1830年の事で、1812年時の国王ジョージ4世が建築家ジョン・ナッシュにチャリング・クロスからポートランド・プレイスまでの新しい道を作るように依頼した事が始まり。


広場の中央にはウェリアム・レイルトンがデザインした円柱とトラファルガー海戦において英国艦隊を率いたホレーショ・ネルソン提督の像が聳え立つ。柱の台座には4枚の青銅製パネルが埋め込んであり、ネルソンが戦った4つの戦いが描かれている。


噴水は1845年に設置されたが、人魚、イルカ、トリートーン(ギリシャ神話の海神)の像は更に後になって追加された。


2. London Eye



2000年のメモリアル事業として建設されたロンドン・アイは今ではロンドンを象徴する建築の一つとなっている。高さは135mあり、建設当時は世界一の高さを誇った。現在でも欧州で一番高い観覧車である。スポンサーは当初ブリティッシュ・エアウェイズだったのが2011年にインフラ大手のEDFエナジーに変わり、2015年からは現在のコカコーラがスポンサーとなっている。その為、夜はコカコーラ社のコーポレートカラーである赤色にライトアップされている。



3. Tower Bridge



誰でも一度は間違えてしまうと思うが、この橋の名前はタワーブリッジ。童話で有名なロンドンブリッジでは無い。ロンドンブリッジは金融街に程近いお隣の橋だ。

この橋は世界初の蒸気動力による水圧式跳ね橋であり、英国の産業革命の象徴である。現在は電気式となってしまったが、開閉作業は今も行っており日時は事前に告知されている。

タワーブリッジ開閉予定表
https://www.towerbridge.org.uk/lift-times/ (他サイトに飛びます)


あとがき



テムズ川周辺はロンドンの夜景スポットが集まっている為、川沿いを歩いて巡るのが私のおススメコースだ。ナイトクルーズ等のイベントもあるので、ぜひ利用してみてはいかがだろうか。



2020年4月3日金曜日

成田より桜のお便り | 成田空港 さくらの山公園


千葉県北東部に位置する成田空港の周辺では四季を通して様々な花が見られる事が魅力だ。特に春の桜や千葉県の県花である菜の花と飛行機が織りなす景色は成田の名物だ。今回は飛行機と桜が撮れる有名スポットであるさくらの山公園を紹介する。


さくらの山公園



A滑走路16Rの端に位置するさくらの山公園は成田空港一有名な撮影スポットとなっている。かつては航空撮影家しか知らない高台だったが、2000年代初頭に公園としての整備が進み、現在では航空ファンのみならず家族連れやお年寄りなどで常に賑わっている。

広い敷地と広大な駐車場を有しているこの公園は、車でのアクセスがしやすく気軽に訪れることが出来る。また、公園敷地内には「空の駅 さくら館」があり、温かい食事や地元の野菜が買える特産品店の他にエアライングッズを取り扱った「FLIGHT SHOP CHARLIE'S」が入店している。


撮影の手引き



さくらの山公園は敷地が広い為、様々な立ち位置で飛行機を取ることが出来る。従って自分で歩いて好きな構図を探すことが出来るのが魅力の一つだ。

飛行機を望遠レンズを使ってアップで撮影する事もできるが、広角レンズを使って公園の風景を絡めた写真を撮ることも出来る。そんな数ある立ち位置の中から今回は3つを紹介する。


1. 離陸


滑走路北端に位置するさくらの山公園では北風運用の際に離陸機を写真に収めることが出来る

a. 滑走路付近


さくらの山の定番ポイントである滑走路に最も近い県道44号線沿いの柵ではA滑走路を離陸する飛行機の迫力がある姿を撮影出来る



b. 中央広場


公園中央にある広場から離陸機を撮ろうとすると大半は飛行機が小さくなってしまうが、
フレームいっぱいに広がるさくらの花道を飛行機が飛んでいるような写真を撮ることが出来る

菜の花・桜・飛行機を1枚のフレームに収めた

離陸機はフライトや機体サイズ等によって上昇率が異なる

2. 着陸


南風運用の際に撮影できる着陸シーンは桜並木が中央の広場から北に向かって延びている為、離陸よりもシャッターシーンが多く撮りやすい

c. 桜並木






まとめ


  • 午後順光
  • レンズ:撮影スタイルによる
  • 商業施設あり
  • トイレ・駐車場あり

アクセス


県道44号線「さくらの山」交差点前
無料大型駐車場あり(繫忙期には臨時駐車場もあります)



在りし日のさくらの山


フライトカフェ・チャーリーズ



かつて「空の家 さくら館」には航空写真家のチャーリー古庄氏がプロデュースしたレストラン「フライトカフェ・チャーリーズ」が営業していた。成田空港でエアライン各社に機内食を提供しているゲートグルメ社監修の機内食風ランチセットに加え飛行機のシートで食事が頂けると言った独自のサービスが売りのお店だった。

当時のメニュー
しかし、契約上の問題から2019年2月24日をもって惜しまれながら閉店した。現在では、エアライングッズを取り扱う「フライトショップ・チャーリーズ」のみ継続して営業している。

錦爽鶏のチキンカレー(\1,380+税)
サービスドリンクとエアライン各社の機内誌

デルタ航空 成田空港41年の歴史が終焉



2020年3月28日、成田空港から1つの航空会社が撤退した。その名はデルタ航空。
デルタ航空の成田空港路線は元々ノースウエスト航空が持っていた路線を2010年1月30日の合併に伴い移管したものだ。

成田空港第1ターミナル (2007年10月)
かつてのノースウエスト航空は成田空港の開港時に積極的に投資を行い、成田をアジアのハブ空港としようとしていた。これは当時、太平洋を無着陸で横断出来る機体は限られており、アメリカ本土より直行便をアジア諸都市に出すよりもアジアにハブ空港を設け乗り換えるといった以遠権フライトを設ける方が効率的だった。
その為、デルタ航空との合併後の2010年には最大となる25路線を有していた。因みに以遠権フライトは当時、格安チケットの代名詞であり筆者もよくお世話になっていた。

成田-グアム便 (2007年8月)
しかし、そんなデルタ航空と成田空港の関係にも暗雲が立ち込める。
1つは2008年羽田空港の国際線再開。再開当初は路線ごとに割り当てる発着枠が少なく、外資系航空会社に割り当てられた少ない発着枠をライバル会社同士で奪い合う格好となった。これに対し成田空港にハブ機能を持つデルタ航空は当然反対した。

また、航空アライアンスの問題もある。デルタ航空はスカイチームと呼ばれるアライアンスに加盟しているが、日本の航空会社で加盟している航空会社は1つもない。即ち日本の国内線乗り継ぎ客の需要は見込めない。

合併後デルタカラーに塗装されたB747-400 (2016年8月)
2つ目はボーイング787やエアバスA350といった中型機でありながら長距離路線もこなせる飛行機の登場が機材の小型化と直行便の需要増加を導いた。

結果、デルタ航空は羽田空港に路線を一本化する事を決定し、アジアのハブ空港としての機能は韓国の仁川空港に移管する事になった。しかし、かつてノースウエストが造った成田空港の整備工場は「成田テクニカルオペレーションセンター」の名でアジアの整備拠点として今後も活躍する予定なので、今後成田空港に飛来するデルタ機がゼロになるわけではない。

引退目前のデルタ航空B747-400 (2017年10月)
筆者にとって思い入れのある航空会社だったので長々と書いてしまったが、今回の羽田空港への一本化は成田空港における1つの時代の終焉を意味していると思う。名残惜しいがこれも時代の流れだろう。

あとがき


2020年の春はコロナウィルスの国内感染拡大と言う最悪な迎え方をしてしまいましたが、いつの日にかこの災難が去り再び自由に行き来ができる様になった際の参考になればと思い書いています。皆様が健康で健やかな日々を送れますように祈っています。